いくら定位温熱凝固術が、開頭手術や内視鏡手術に比べて脳にやさしい手術とはいえ、手術である以上、合併症の可能性はあります。
開頭手術などに比べると、はるかに低い確率ですが、以下に挙げられるようなものが起こりえます。
定位温熱凝固術は、組織に熱を加える手術手技であるため、熱凝固された部分の周囲の組織が腫れてしまいます(むくんでしまうようなもの:浮腫と呼びます)。
特に、我々が行っている手術戦略では、視床下部に付着しているギリギリのところでの治療が重要となるため、どうしても付着している視床下部が腫れてしまいます。
脳の腫れは一時的なものなので、腫れが治まれば症状は改善しますが、腫れている間は、一時的に脳の機能が落ちてしまいます。
このために、視床下部の機能異常による症状が一時的に生じてしまいます。
これを防ぐためにステロイドの注射を6〜7日ほど行いますが、それでも抑えきれない場合には、以下のような合併症を生じます。
視床下部の体温調節がくるってしまい、非常に高い熱が出ます。
普通の手術後でも、37〜38度くらいの熱が出ることはありますが、視床下部の異常による高体温の場合、39〜40度くらいの発熱を生じます。
この間、解熱剤や体温冷却などを行っても、あまり効果はありません。
多くの場合、3日程度で自然に体温は下がってきます。
長く続いても、5日程度です。
自然に治まってくる現象なので、時間が過ぎるのを待つしかありません。
血液の中のミネラル成分であるナトリウムという塩分の成分が下がってしまう現象です。
少しだけ下がったくらいでは全く症状はありませんが、下がる程度が強いと、以下のような症状が出ます。
・ぼーっとする、元気がなくなる
・頭痛
・食欲の低下、吐き気
・低度が強いと、けいれん発作を生じる
低ナトリウム血症が目立ってくるのは、手術後7〜10日目くらいです。
見た目の症状では判断がつかないことが多いため、この頃に血液検査を行って確認します。
視床下部の浮腫の低度が強いと、術後3〜4日目くらいに生じてしまうことがあります。
低ナトリウム血症を生じた場合には、食事などに塩分の追加を行います。
食事がとれない場合には、点滴で塩分補充するしかありません。
低ナトリウム血症もほとんどが一時的で、手術後10〜14日くらいには自然に治まります。
視床下部の食欲中枢の異常により、満腹感が感じられず、食欲が増してしまう現象です。
この症状が出ている間にたくさん食べ過ぎてしまうと、あっという間に体重が増えてしまいます。
今のところ過食に対する有効な薬物治療はなく、一度増えた体重はなかなか元に戻らないため、手術のしばらくの期間は、食事量のコントロール重要になります。
ただ、手術をするのは小さな子どもも多く、また知的発達障害を抱えるお子さんもあり、空腹が我慢できず聞き分けのないこともあり、こういう場合の食事管理はなかなかたいへんです...
できるだけ間食を減らす、脂っこいものを避ける、などの工夫が必要と思いますが、
とはいえ、成長盛りの子供たちにはそれなりに栄養をとらせないといけないし、
バランスが難しいと思います。
これらのカロリー計算に関する研究はできておらず、今後の課題です。
過食は、手術後すぐに生じる場合や、1週間ほどしてから生じることもあり、様々です。
また、手術後2週間以内におさまらず、しばらく続くこともあります。
1ヶ月程度のものから、半年くらい続いてしまうことが、たまにあります。
ごくまれには、1年以上続いてしまった例も過去にはありました。
これらの例では初期管理がちゃんとできていなかったことが多かったため、
今では、手術直後からちゃんと管理できるよう指導するようにしています。
はじめに食べることを覚えてしまうと、あとから食事管理をすることがすごく難しくなってしまいます。
視床下部の下の方に、乳頭体と呼ばれる構造物が左右に一つずつあり、ここに浮腫が及ぶことによって生じると考えられます。
記憶障害といっても、古い記憶がなくなってしまうような、いわゆる記憶喪失というものではなく、
新しいことが覚えられない、「記銘力障害」と呼ばれるような症状です。
ついさっきやったことや言われたことを忘れてしまうので、
同じ事を繰り返して聞いたり、会話がヘンになったりします。
記銘力障害を生じると,ご飯を食べたことを忘れてしまうことがあり,
過食と合わさると,余計に食事に対する執着が強くなってしまうことがあります.
特に、大きな視床下部過誤腫や、両側の視床下部に付着しているようなタイプのもので、両側の視床下部に浮腫が生じてしまった場合に生じやすい傾向にあります。
手術後、全く目が覚めないということはないのですが、
うとうと眠気が強くて、起こしてもすぐ寝てしまう、という状態となったりします。
こういう場合でも、1週間もすれば覚醒状態は向上します。
そこまでの覚醒障害に至らなくても、
普段に比べると昼寝をすることが多い、ということはしばしば見られます。
このような場合、起きているときはいつも通り元気にしている事がほとんどで、
あまり心配するような状況にはなりません。
これらの一時的合併症は、およそ8〜9割の方に、何らかの程度で生じます。
といっても、全部を合わせて生じるのではなく、それぞれいくつかが、以下の程度の確率で生じることがある、ということになります。
主なものについては、
・過高熱は、31.0%
・低ナトリウム血症は、35.7%
・過食(一時的なもの)は、28.6%
・記銘力障害は、10.5%
・傾眠傾向は、6.2%
となっていました。
残念ながら、ごくわずかの方々では、後遺症となって後々まで症状が残ってしまった方がいます。
ほとんどは記銘力障害でした。
(2020年までのデータでは、3%の出現率でした)
その多くは年齢の高い患者さんで、小学生に入る前の患者さんでは生じていませんでした。
1%未満で、手足の軽い運動障害(細かい動きが難しい、少し歩きにくい、程度のごく軽いもの)を生じていました。
再手術を行うこともしばしばですが、
再手術による合併症においては、一時的な合併症の比率は、初回手術と変わりありませんでした。
しかし、わずかに永続的な合併症が多い傾向でした。
内容としては、
記銘力障害
内分泌障害(ホルモン補充薬が必要)
が主なものでした。
年齢が高い症例、両側付着部に対する再手術については、注意が必要と考えています。
内分泌障害については、手術法の工夫で現在減少傾向となっています。
神経学的な合併症ではないのですが、
過食なども影響し、手術の後に体重が増えてしまう傾向があります。
手術後から、5kg以上くらいを目安として、体重が増えてしまう人が、39.8%というデータ(2020年まで)でした。
10kg以上を超えて体重が増えてしまい、いわゆる「肥満」というレベルに達してしまう人が、17.0%というデータでした。
そのほかに、ちょっとふっくらしたかな?という程度の、ごく軽い体重増加傾向の人もいます。
多くは過食が影響していますが、それほど過食というほど食べてもいないのに、体重が増える傾向になってしまう人もいます。
これらでは、視床下部の障害による代謝異常も関係しているのではないかと推測していますが、
確かな証拠はありません。
いずれにしても、手術後に体重が増えやすい傾向となりますので、
手術後の食事摂取、特に間食などには注意が必要です。
いったん増えてしまった体重は、なかなか元に戻りにくいです。
なかには、すごく努力をして、食事制限や運動によって体重を戻すことができた人もいますが、
小さなお子さんや発達障害のある方などでは、なかなか難しいのが現状です。
有効な薬物療法は今のところないので、食事管理が重要になります。
特に手術直後から、できるだけ間食をしないよう、甘いものやスナック系のお菓子を食べないよう、最近は指導するようにしています。
最初に食欲を満たすことを覚えると、その後に食事管理をすることが難しくなることが多いからです。
とはいえ、小さなお子さんや、知的障害のある方に、空腹を我慢させるのはなかなか困難なのが現状です。
どのように管理をしたらよいか、治療をしたらよいか、今後の大きな課題となっています。