定位温熱凝固術は、stereotactic radiofrequency thermocoagulationの頭文字をとって、"SRT"とも呼んでいます。
定位温熱凝固術は、定位的脳手術の手法と、高周波(ラジオ波)による熱凝固を基本にしています。
定位的脳手術は、頭部を目盛付きのフレームを装着することによって、正確にターゲットとする位置に針などを到達させることができる、脳外科手術の手技一つです。
下の図のように頭にフレームを装着し、フレームの位置関係から、設定した座標に正確に針が到達する仕組みになっています。
我々は、スウェーデンにあるエレクタ社(Elekta)のフレームを使用しています。
下の図のように、この装置を使うと、狙ったターゲットにあらゆる角度から正確に到達できるという、優れた手術器具です。
定位脳手術は、専用の手術フレームをしっかりと頭部に固定する必要があります。
このフレームがずれると、上に示したような正確性が担保できなくなるからです。
左の写真のように、頭蓋骨にしっかり固定ピンが食い込むくらいに、しっかりと固定する必要があります(矢印の部分)。
(写真では頭蓋骨模型ですが、実際には頭皮があり、ピンは頭皮を貫いて頭蓋骨に到達しています。)
一方、小さな子供さん(特に2歳以下)では、頭蓋骨の発達が未熟で、完全な頭蓋骨になっていません。
複数の板状の頭蓋骨が、徐々に成熟して、他の部位とくっついていくことにより、大人のような頭蓋骨に成長していきます。
未熟な状態での頭蓋骨では、定位脳手術用のフレームを固定しようとしても、板状の頭蓋骨がまだバラバラのため、頭蓋骨がゆがんでしまってフレームがしっかり固定されない、という危険性があります。
そのため、一時期までは、定位脳手術が適応できる最低年齢を2歳としていました。
しかし、視床下部過誤腫による笑い発作は、多くの場合、1歳未満で発症しています。
2歳になるまで待てないほど、発作がひどい患者さんもいます。
そこで最近では、頭蓋骨の状態を確認して、2歳未満でも手術が可能と判断できれば手術を行うようにしています。
現在、最も低い年齢は1歳6ヶ月となっています。
実感としては、このくらいが限界かな、という印象です。
(もしかしたら、今後もっと年齢を低くできる可能性が、あるかもしれませんが...)
温熱凝固は、次のような器具を用いて行います。
ニューロジェネレーター
高周波を発生させる装置です。
これもエレクタ社のものを使用しています。
凝固用プローブ
実際に、脳に差し込む針状のものです。
直径2mmのものを使用しています。絶縁部より先端の方に、約5mm大の球形の凝固巣ができます。
下の動画は、凝固プローブを用いて、実際に卵白を用いた凝固実験の結果です。
このように、プローブの先端に約5mmの凝固巣(タンパク質が凝固してゆで卵の白い部分のようになっているところ)ができあがっています。脳の組織と卵白が全く同じ組織成分というわけではありませんが、実際に脳の中でも同様のことが起きていると考えられます。
実際に毎回の手術前に、使用する凝固プローブを、この卵白凝固実験を行って、ちゃんと5mmくらいに凝固巣ができあがるかどうかをチェックしています。
(今でも、毎回自分でチェックしています)
そうすることで、ヘンな凝固のされ方をしていないかどうか、もしヘンな凝固のされ方をするのであれば、そのプローブは使用しない、というようなチェックを行い、安全・確実に手術ができるような配慮をしています。
視床下部過誤腫は、その内部に発生したてんかん性の電気活動が、くっついている視床下部に伝わって、笑い発作や、そのほかの発作を生じます(てんかん発作のメカニズム参照)。
したがって、視床下部過誤腫内部のてんかん性放電が視床下部に伝わらなければ、発作を起こすことがなくなります。
そこで、視床下部過誤腫を、視床下部にくっついている部分で切り離すことが、最も効率的な手術の目的になります。
(開頭手術や内視鏡手術では、境界部の変化がわかりにくいということが言われています。といっても、私はこれらの手術のように、実際に過誤腫を生で見た経験がないのでわかりません。実際に行ったことのある術者に聞いた、又聞きの情報です...)
定位温熱凝固術では、治療のターゲットとなる、視床下部過誤腫と、正常な視床下部の境界を、MRIで判断します。
MRIでは、過誤腫と正常視床下部の境界部が、わずかな色調の変化として認識できます。
これをもとに境界線を判断し、治療の計画を立てていきます。
治療計画は、「サージプラン」という外国製のプランニングソフトを用いて行っています。
サージプランで示される緑の丸が直径5mmなので、卵白実験で示されているように、実際に脳の中でもこの計画通りに治療がなされているという想定です。
この緑の丸を組み合わせて、視床下部過誤腫の付着部をまんべんなく凝固離断できるように計画を作っていきます。
一度に5mmしか凝固できないので、うまく組み合わせて、付着部全体を埋めていかなければなりません。このため、複数の刺入経路(凝固プローブを挿入する経路)の組み合わせが必要になってきます。
上左:両側の視床下部にくっついている、少し大きめの視床下部過誤腫。左(画面で右側)の方に広くくっついています。
上右:赤の点線が、離断するべき視床下部過誤腫と正常視床下部の境界線(付着部)です。
下左:付着部をまんべんなく凝固離断するために、複数の経路・凝固巣の組み合わせを行います。
下右:手術後1年目のMRIでは、付着部の部分のが凝固されて組織が変性し、視床下部過誤腫の組織が抜けているように見えます。
もっと詳しい手術計画については、こちらから。
凝固プローブを脳に刺すために、15mmほど頭蓋骨に穴を空けなければなりません。そのために、頭皮を約4〜5cmほど切開します。
視床下部過誤腫の形状によっては、いろんな角度から治療をしない溶けないことがあるので、その場合は、頭蓋骨に空ける穴が2〜3カ所に増えることがあります。その場合には、皮膚切開の長さが6〜7cmと大きくなることがあります。
基本的には、部分剃毛(髪の毛の一部を切る)で手術を行っていて、後で残った髪の毛で隠れるようにしています。
しかし、髪の毛が短い男の子だったりすると、残った髪の毛でも隠せないことがあるので、そうすると、あとでちょっとかっこ悪いこともあり、髪の毛を全部切って、坊主頭にする事があります。
(希望次第ですが...)
頭蓋骨に穴を空けたら、脳の表面を覆っている硬膜という、硬い膜の一部を切開して、凝固プローブを脳に刺しこんでいきます。
その際、頭部のフレームを目標位置にめもりを設定して、プローブを進めます。今使用しているフレームは、自分の目と手で合わせないといけませんが、これまでの経験では、それほど大きくずれることはありません。
しかし視床下部過誤腫は、とても重要な脳組織に囲まれているため、変なところが熱凝固されると、思いもよらない合併症を生じる可能性があるため、プローブを入れた後、その都度レントゲン撮影を行って、位置がずれていないかを確認しています。
最近の経験では、ほとんどずれなく、ほぼ治療計画通りに熱凝固されていることが確認されています。
図は、手術前のMRI(上左・中)、手術計画(上左)、手術直後のMRIと計画を重ねたもの(下ひっだり)、手術直後のMRI(下中)、手術後3ヶ月目のMRI(下右)ですが、ほぼ計画通りにMRIで組織の変化が生じていることが確認できます。
細かく見てみると、手術の計画通りに凝固が行われていることが、よりよくわかると思います。
(左、計画;中、手術直後MRI;右、計画と術後MRIを重ねたもの)
これらの画像の中で、黒っぽく見えているところが熱凝固により組織が変化している部分で、そのまわりの白っぽく見えるところは、加熱により周辺に浮腫(むくみ)を生じている部分と考えられます。
一通り、計画通り熱凝固を終えたら、頭蓋骨に空けた穴に、ペースト状の骨代用物を詰めて、穴がへこまないようにして、皮膚を閉じて、手術が終了です。
手術の傷は、基本的には抜糸の不要な、皮膚の下で縫合するやり方を行っています。
創部に保護用テープを貼り付けて、手術後5〜6日ほどで剥がして終わりです。
手術を受ける患者さんは、小さなお子さんが多いので、できるだけ抜糸の負担が少ないようにしています。
保護用テープを剥がすまでの間は、ガーゼでカバーして、まわりの髪の毛で止めています。
熱凝固を行った場所は、皮膚のやけどと同じように、一時的に腫れぼったくなります。
浮腫(ふしゅ)といいます。
熱凝固を行った周囲にも浮腫が及ぶため、すぐとなりの視床下部が一番影響を受けます。
このことにより、一時的に視床下部の機能がおかしくなってしまい、別項目で述べているような一時的な合併症を生じることになります。
また、凝固用プローブを挿入した経路に沿って、浮腫を生じることがあります。
これについては、安全な経路を計画しているので、このことによる影響はほとんどみることがありません。
一時的に腫れぼったくなった凝固治療部位と、周囲の浮腫は、徐々に縮小してきます。
周囲浮腫は、1ヶ月もすると、MRIでもわからなくなります。
凝固部位も徐々に縮小し、だんだん熱凝固によって破壊された組織が吸収されていきます。
術後3ヶ月くらいだと、まだ組織変化の途中で、MRIで見てみるとモヤモヤしたような画像になっていますが、
術後6ヶ月から1年もすると、凝固された組織が完全に吸収されて、MRIで見るとそこだけ抜けたような画像になっています。この時期になって、ようやく治療がどの範囲までなされているかの最終確認ができるようになります。